他者の評価に振り回されがちだった私が、課題の分離で手に入れた「心の平穏」
私は、40代の会社員として、長年営業の仕事に携わってきました。数字を追い、成果を出すことには人並み以上の情熱を注いできたつもりです。しかし、どれだけ実績を上げても、私の心は常に不安と疲弊感に苛まれていました。それは、いつも他者の評価を気にし、その評価によって自分の価値を測っていたからです。
アドラー心理学に出会う前の葛藤
上司の顔色を伺い、同僚の成績と比較し、部下への期待が裏切られるたびに、自己肯定感が揺らぎました。会議での発言一つ、メールの文面一つにまで「これで上司は納得してくれるだろうか」「同僚からどう見られるだろうか」と、過度に気に病む毎日でした。
部下の指導においても、彼らが期待通りの成果を出せないと、私の指導が悪いのか、彼らに能力がないのかと、常に責任の所在に悩みました。時には感情的になり、厳しい言葉を投げかけることもありました。結果として、人間関係はギクシャシとし、営業成績は安定していても、心の平穏とは程遠い状態だったのです。
「自分はこれで本当に良いのだろうか」「このままで幸せになれるのだろうか」と自問自答を繰り返す日々でした。
「課題の分離」という衝撃的な考え方
そんな私に転機が訪れたのは、書店で偶然手にしたアドラー心理学の入門書でした。そこに書かれていた「課題の分離」という概念は、まるで私の心を丸ごと見透かされているかのように感じられ、大きな衝撃を受けました。
アドラー心理学では、「他者の課題には介入しない、自分の課題には介入させない」と教えます。簡単に言えば、「それは誰の課題か?」と問いかけ、その課題の結果を最終的に引き受けるのは誰かを明確にする、ということです。最初は「そんなに割り切れるものなのか」と半信半疑でしたが、藁にもすがる思いで、この考え方を日々の生活や仕事に取り入れてみようと決心しました。
職場での具体的な実践と変化
上司からの評価への向き合い方
ある日、私が時間をかけて作成した重要なプレゼン資料が、上司から細部にわたる厳しい指摘を受けました。以前であれば、「自分の努力が否定された」と感じ、ひどく落ち込んでいたことでしょう。しかし、今回は「課題の分離」を意識しました。
「この資料をどう評価するかは上司の課題であり、上司が決めること。私ができるのは、より良い資料を作成するために全力を尽くすこと、そして指摘された点を改善することだ」と自分に言い聞かせました。すると、上司の指摘を個人的な攻撃ではなく、資料をより良くするためのフィードバックとして、冷静に受け止めることができたのです。感情的に反発する代わりに、具体的な改善策を検討し、迅速に対応することができました。
部下への指導と関係性の変化
部下への指導においても大きな変化がありました。以前は、部下が目標達成できないと、「私がもっと厳しく指導しなければ」と焦り、結果が出ていない彼らを責めてしまうこともありました。しかし、「課題の分離」を適用すると、状況が全く違って見えてきました。
「努力するかどうか、目標を達成するかどうかは部下自身の課題である。私の課題は、彼らが目標達成に向けて自ら考え、行動できるよう、適切な情報を提供し、支援することだ」と明確に区別したのです。
この考え方に基づき、私は部下に対して「なぜ目標達成が難しいのか」「どうすれば改善できると思うか」といった問いかけを増やし、彼ら自身に解決策を考えさせる機会を増やしました。そして、成果が出た時には「よく頑張ったね」と、具体的な行動を評価し、勇気づけることに努めました。
すると、部下たちは自ら考えて行動するようになり、以前よりも積極的に相談に来るようになりました。彼らの成長は、私の指導が直接もたらしたものではなく、彼ら自身が「自分の課題」に向き合った結果であることを実感しました。
心に生まれた「共同体感覚」
他者の評価に振り回されることが減ると、私の心には余裕が生まれました。そして、それは自然と「共同体感覚」へと繋がっていったのです。他者の課題に不必要に介入せず、また自分の課題にも介入させないことで、相手を信頼し、尊重する姿勢が育まれました。上司や部下、同僚との間に、縦の関係ではなく、横の関係、「対等な関係」を築けるようになったと感じています。
得られた「勇気」と「心の平穏」
「課題の分離」を実践する中で、私が最も手に入れたのは「心の平穏」そして「勇気」でした。他者の評価は、コントロールできないものです。そこに一喜一憂する人生は、他者に自分の人生の舵を握らせているようなものだと気づきました。
自分の課題に集中し、自分ができることに全力を尽くす。その結果、他者からの評価がどうであれ、「自分はやるべきことをやった」という充実感が得られるようになりました。これが、他者に承認されなくても「これでいい」と思える自己肯定感に繋がったのです。
心の平穏は、外界の評価によってもたらされるものではなく、自分自身の選択と行動によって築かれるのだという確信を得ました。そして、その確信こそが、困難に直面しても「自分には乗り越える力がある」と信じられる「勇気」の源となっています。
読者の皆様へ:あなたにもできる「勇気」の一歩
かつての私のように、職場の人間関係、成果へのプレッシャー、自己肯定感の低さに悩む40代の会社員の皆様へ。
アドラー心理学は、決して魔法の解決策ではありません。しかし、「課題の分離」をはじめとするアドラー心理学の教えは、私たちの心の持ち方や行動に具体的な変化をもたらす、強力なツールとなり得ます。
他者の課題と自分の課題を分けることは、決して冷たいことではありません。むしろ、お互いの人生を尊重し、信頼し合う「共同体感覚」の第一歩だと私は感じています。
あなたがもし、今、何かにつまずき、苦しんでいるのなら、「それは誰の課題か?」と一度立ち止まって問いかけてみてください。その問いが、きっとあなた自身の「勇気」を見つける、最初の一歩となるはずです。
私もこれからも、この「勇気」を胸に、自分の人生を豊かに歩んでいきたいと考えています。